深谷薬局 養心堂

漢方薬局 深谷薬局養心堂


 

目次形式に切り替える

351.肝気虚は本当は多い

肝気虚は中医学の教科書にはあまり載っていません。
しかし、実際の臨床ではとても多いものと思っています。
具体的な症状は
 朝、起きられない
 学校や仕事に行きたくない
 体がだるい
 朝、お腹や手足の痛みがあり昼くらいには良くなる
 落ち込みが多いが時にイライラ
などです。
昼くらいになると元気になるのが特徴です。
肝が胆に影響すると、不安感、落ち着かない、物音に驚きやすいなどの症状が出ます。
また心に影響して不眠や動機になる事もよくあります。
脾に影響して、腹痛、下痢になる事もよくあります。
肝鬱気滞と症状が似ていますが、肝鬱気滞は実証なのにたいして、肝気虚は虚証になるので使う薬も違います。

350.中医学における定位の意味

定位というのは、この漢方は肝の薬、心の薬など、臓腑に割り振られ働く場所を言う。
この時、イメージするのは、例えば肝の薬なら、飲んだ漢方が胃腸から吸収され血液の流れに乗って肝臓にあつまり、そこで作用するというイメージだと思う。
腎の薬なら腎に集まり、心の薬なら心臓や脳などに集まるという考えか方だ。
実際にはどうなのだろうか?
確かに成分によってある場所に集まりやすい性質はあるかも知れない。しかし、それが定位とは考えにくい。
肝の働きは肝臓だけでなく、自律神経も肝の一部だ。
自律神経はほぼ全身に作用している。
また、それをコントロールしているのは視床下部だ。
だから、肝臓に集まっている訳ではない。
そもそも、腸から吸収された有効成分は門脈を通って肝臓に運ばれるが、その後は心臓から全身に運ばれる。
そういう意味で、どんな成分であっても全身にくまなく配分される。
ただ、配分された有効成分の作用の種類によって、自律神経に作用するものを肝の薬と定義したものだと思う。
つまり、定位というのは肝臓とか腎臓といった特定の臓器や場所を意味するのではなく、あるシステムに作用するものと考えて良い。

349.瘀血の定位について

「心血瘀阻」以外で、瘀血の定位は行われない傾向があります。
心血瘀阻は狭心症など比較的症状がわかりやすいですが、他の瘀血はわかりにくい傾向があります。
しかし、心血瘀阻以外にも確かに瘀血はあります。
例えば、肺性心とか肺の瘀血。
旧病入絡と言うように慢性的な呼吸困難は瘀血の関与が考えられます。肝硬変が長引くと門脈圧があがり、お腹の静脈が浮き出して来る事がありますが、これは明らかに肝の瘀血です。
食道静脈瘤も瘀血の一種です。
腎臓が悪いと、血圧が上がる場合があり、これは腎の瘀血と言えます。腎は毛細血管が多い臓器で、腎機能が悪い時に冠元顆粒で改善する場合があり、これは腎の瘀血と言えます。
八味地黄丸に牡丹皮が含まれているのはとても意味深いものがあります。
脾の瘀血は症状としてはわかりにくいですが、糖尿病などで動脈硬化を起こす場合は脾の瘀血と言えます。
さて、では何故、瘀血の定位はあまり行われないのでしょうか?
血液は全身を循環しているため、どの部分の瘀血であっても活血化瘀の薬が使われます。
つまり瘀血の部位によって使う薬の変化が少ないのであまり考慮されていないのだと思われます。
医林改錯を見ると、瘀血の部位により使い分けがされています。
これから考えると、やはり瘀血も定位を考える事は必要と思います。

348.弁証論治 過去から未来へ

中医学の弁証論治は今の状態を幾つかに分類して対策を考える方法です。
まず虚実に分けます。
虚は必要なものが足りない場合で、気虚、血虚、陽虚、陰虚があります。津液不足などもあります。
次に定位を考えます。
例えば、心気虚なのか脾気虚なのかとか、肝血不足なのか心血不足なのか。
陽虚も脾陽虚、腎陽虚、心陽虚などにわけたりします。
邪実は、外邪と内邪に分けます。
外邪は風 寒 暑 湿 燥 火にわけ、内邪は気 血 痰 湿 食 火に分けます。
私はこれ以外に宿邪というものを考えています。
宿邪は外邪が体内にいすわった状態で、アレルギーなどによく見られます。
例えばウイルスや細菌は外邪ですが、それに対する抗体が出来ます。この抗体が正常に働けば良いですが、体内の正常な細胞に影響する事もあります。
有名なのは腎炎や尋常性乾癬ですが、他にも色々な免疫異常が考えられます。
邪気の性質を見分けたら、定位を考えます。
外邪と宿邪は表裏や三焦ですが、五臓六腑も考えます。
内邪は五臓六腑が主です。
さて、ここまでは現在の状態を考えたものです。
でも一歩進んで、もう少し過去を考えてみましょう。
過去として、もともとの体質と、病気を引き起こした原因を考えます。
もともとの体質は、気血水の不足、気の流れの異常があります。
気の流れの異常は気滞以外にも気が上に昇らない下陥もあります。
また発散と収斂の異常もあります。
もともとの体質は、主には遺伝です。
ただ、生活環境や食生活など、遺伝子のスイッチに関わる部分もあります。
悪い遺伝子を持っている場合はそのスイッチを入れないようにする事が大切です。

病気を引き起こす原因としては、ストレス、暴飲暴食、過労、感染症などで、病因と言います。
その中でもっとも難しいのは老化です。

もともとの体質 + 病因 = 病気

病気の現在の状態 弁証

この二つから、未来の予測が出来ます。
「上工はは未病を防ぐ」
これは必ずしも予防だけではありません。
今、病気になっている人の悪化を防ぐという事です。
囲碁や将棋で、何手も先を読むのと同じ意味です。


347.弁証論治におすすめ本

弁証論治にお勧めの本として 東洋学術出版 「症例から学ぶ 中医弁証論治」焦樹徳著 があります。
弁証論治の本や症例の本は沢山あるのですが、この本は症状を整理して弁証を簡単な図式にしています。
症状が多いと頭の中がゴチャゴチャになって、どのように整理したら良いか解らなくなる事があります。
その時は、情報を整理して図式化すると良いです。
しかも単なる弁証論治だけでなく、因果関係も考えていて、病機を考えるにもとても良い方法だと思います。
例えば産後の耳鳴りと頭痛は

産後に発病
経血量が少ない
全身倦怠感
脈象細          血虚
             ↓
             生風

脈滑            |
疲れやすい |
横になりたがる  痰濁 --- |
             風が痰濁を挟む

頭痛 耳鳴り   身体上部を犯す

このような図式になっています。
日頃からこのような方法で弁証論治して自分でもこのような表を作る事が出来るようになるると相当なレベルアップになるのではと思います。


346.伏邪新書について

邪気は外邪と内邪に分けますが、あまり知られていませんが、それ以外に伏邪があります。
伏邪は清の時代の劉吉人という人が書いた「伏邪新書」という本に詳しく書かれています。
初めてこの本を見た時に大変なショックを受けました。
一般的に伏邪は、「冬に寒邪を受けると春に温病となる」と言ったような、伏気としての概念しかありませんでした。
この伏邪新書では伏気以外に病機が直った後に再発する場合とか、後遺症にあたるような場合なども伏邪としています。
伏邪には伏燥、伏寒、伏風、伏暑、伏湿があると書かれています。
この頃はまだ現代医学の考えは無かったので、いわゆる抗体とかアレルギー、自己免疫などという事は知らなかったはず。
ここに書かれている内容は、免疫と関係するような症状が書かれています。
個人的には伏邪は、免疫のバランスが悪くなっている状態と考えています。
このように考えると伏邪の考えは色々な病気に応用できます。
「燥邪が極まると却って潤いが生まれ、口の中に泡が出来る。これはちょうど温病の邪気が営分や血分に入ると口渇が減るのに似ている」
「胃腸が丈夫で伏風にあたると、食べるとすぐに下痢をする。これは脾虚ではない」
面白いのは伏湿の治療の中に「鶏肉とフカヒレのスープ」と言うものがある。これで病機が治るならとてもうれしい。温病でよく使われる雪羹(クロクワイとクラゲのスープー)よりも美味しそう。

345.検査値と中医学

血圧が高いから下がる漢方が欲しい
血糖値、中性脂肪、尿酸が高いから下がる漢方が欲しい
こういった相談が多い。
ただ、これはもともと無理な相談だと思う。
なぜなら、中医学が発展して来た数千年の歴史の中で、これらの現代医学的な検査をするようになったのせいぜい100年くらいの短い期間だからだ。
これらの検査値が上がる原因を中医学的に説明はできるが、まだ理論としては確立されていない。
なので、弁証論治も治則もまだこれから作っていく状態と言えます。
もちろん、血圧に良い処方というものも研究されていますが、この漢方を飲めば血圧が下がるというものは無いし、あったとすればそれはもう中医学の範疇には無いと言えます。
来月に会社の健康診断がある。
なんでも良いからすぐに血圧を下げて欲しい。

漢方薬は体質改善です。
体質改善しないで、血圧だけ下げるという方法は無いでしょう。
あったとすれば、それはもう漢方薬とは言えません。れっきとした西洋薬です。
漢方は体質改善をしていく中で自然に血圧が下がり、中性脂肪やコレステロールが下がり、ダイエットできると言えます。
つまり、数値を下げるのではなく、いかに健康で長生きするかの医学なのです。

344.超紹琴先生の医案

983年に北京に行った時に温病の大家、超紹琴先生の講義をお聞きした事があります。
超紹琴先生の症例を一つ紹介します。
52才の重症筋無力症の患者さん。
半年ほど入院して、今まで八珍湯、十全大補湯、帰脾湯、右帰、左帰など温補滋養の類を使っていましたが良くなりません。
4日前に突然に38.5度の熱が出て、さらに熱が高くなりました。
そこで診察に行ってみると患者の顔色は黄色く、痩せていて、精神に力がありません。
両目は開くのが困難。
舌は胖大で苔は白くガサガサで乾燥しています。
両脈は虚で濡、按じると少し滑です。
さらに沈めると弦細で数。
いわゆる虚で痩せている状態なのですが心煩で夢が多く、小便は黄色く大便は2日に1回で、体中壮熱です。
諸医は久病で気血が多いに虚している、肝温除熱以外に良い方法は無いと言います。
先生が思うに、陽虚で気弱なら温める薬を使えば少しは病状が軽くなるはずなのに熱がひどくなった。
そもそも新病は実が多く久病は虚が多いというが、久病もまた実を挟む事がある。真仮虚実、錯綜複雑、変化ははかりがたい。
この患者は高熱で、甘温で熱はひどくなった。
脈に滑の部分もあり、数の部分もある。真虚で、新感実邪。

そこで超紹琴先生は白虎湯を使われました。

-----------------

常識にとらわれず、わずかなヒントも見逃さない。
素晴らしい症例だと思います。


343.弁証論治だけでは足りない

中医学の切り札は「弁証論治」なのですが、弁証論治にも欠点があります。
弁証論治は今の状態をタイプ別に分類して、タイプごとに治療方法を変えるという作戦です。
病気が起こっているメカニズムを病機と言います。
そしてその原因を考えます。さらにこれからどうなるかという予測も必要です。
弁証論治以外にも、病因、病機、予測が必要です。
これはちょうど、囲碁や将棋と似ています。
過去の状態、今の状態を正しく把握して、未来を予測して次の一手を考える事が必要です。
例えば、目の調子が悪く、肝腎陰虚と弁証して杞菊顆粒を使うのは一定の効果があります。
ただ、肝腎陰虚を起こす原因を考える必要があります。
そうすると、例えば肝鬱気滞が原因とします。
その状態になると、おそらく陰虚以外にも瘀血が出てきます。
これは「久病入絡」という意味です。
そこで、杞菊顆粒に疏肝理気の作用のものを少し加え、活血化瘀のものも加えます。
このようにする事で、弁証論治だけよりもはるかに治療効果の良いものになります。
つまり時間軸が必要です。


342.妊娠中の活血薬について

血流を改善したり、血液をサラサラにする漢方薬を活血薬と言います。
昔は妊娠中に活血薬を使うと出血しやすくなり、流産の原因になると言われていました。
今でもそのように書かれている本やホームページがありります。
これは正しい部分もあるのですが、正しくない部分もあります。
不育症は、妊娠した赤ちゃんが正常でも何回も流産する場合を言います。
原因は抗体と考えられています。
抗体は、本来はウイルスや菌など外敵から身を守るものです。
ところがこれが暴走して敵ではないものを攻撃するのが花粉症や蕁麻疹などのアレルギーです。
さらに、自分の体の一部を敵と判断して攻撃してしまう場合があります。
これは自己免疫疾患といって、リウマチ、橋本病、1型糖尿病、膠原病など多くの病気がこれにあたります。
そして、子宮の中の胎児を攻撃してしまう抗体が出来てしまうのが不育症です。
抗体に沢山の種類があります。
私達の細胞膜はりん脂質でできていますが、リン脂質に対する抗体を抗リン脂質抗体と言います。
抗リン脂質抗体にも色々な種類があり、全部の種類を調べるのは大変です。
これらの抗体があると、血の塊、血栓が出来やすくなります。
血栓ができると、胎児に栄養が行かなくなり、死産や流産の原因になりります。
ですから、抗体のある人は血栓を予防する事が大切です。
病院でよく使われているのがアスピリンやヘパリンです。
どちらも血栓の予防になりますが、出血しやすくなる副作用があります。
ですから、慎重に使う必要があります。

漢方薬でも血流を改善して血栓を予防するものがあります。
これが活血薬です。
ヘパリンやアスピリンと違い、これを飲んで血液が止まりにくくなるという事はありません。
妊娠中に活血薬が必要な方と、飲まない方が良い方があります。
簡単に言えば瘀血があるか無いかで区別します。
本当に瘀血があるのか?活血薬が必要なのか?の判断はかなり難しいです。
ですから、妊娠中に活血薬を使う場合は、漢方の専門家に判断してもらいます。

西洋医学と漢方の考え方は全く違います。
西洋医学では、一つ一つの成分を重視して、この成分は妊娠中は良くないと判断します。
漢方は、一つ一つの成分よりは全体を重視します。
例えば、子宮を収縮する成分と、子宮の収縮を抑える成分が含まれている処方があります。
この場合は、含まれている成分の量と方向性が大切です。
反作薬と言って、わざわざ主薬と反対の作用のものを入れる場合があります。
スイカに塩をかけるのと同じです。
中医学はバランスの医学です。
白黒はっきりさせるという考えはありません。
全体的なバランスを大切にします。

油絵が上手な人が漫画も上手とは限りません。
その逆もです。
西洋医学と中医学は医学といっても油絵と漫画ほどの開きがあります。
西洋医学の達人が中医学とはいえないのです。



次のページ


 トップページに戻る