目次形式に切り替える454.補腎薬について
中医学で、腎について言えば、1つ目は精力、2つ目は老化、3つ目は骨だろう。
今回は骨について考えよう。
現代医学では骨はカルシウムとわかっている。
しかし、昔の人はカルシウムというものはわかっていなかった。
ただ、骨を食べれば骨が丈夫になるだろうとは考えた。
それで、一番丈夫な骨は何だろうと考えた。
そこで登場するのは虎だ。
そこで珍重されたのが虎の骨。
虎の骨の中で、前足の骨はすばらしいらしい。
だから、悲しい事に虎の前足の骨は高値で取引されたようだ。
虎も災難だ。
成分的に虎の骨が他の哺乳類の骨に比べて、すぐれた薬効があるとは思えない。
いろいろな動物が中医学の名のもとに乱獲されたのは悲しい事実だ。
その中で、犀角とか穿山甲など、それなりの薬効もあるものもあるが、虎骨は他の哺乳類の骨でも問題ないだろう。
虎の前足以外の骨は、きっと類似の哺乳類の骨が沢山流通していたのではないだろう。
虎の前足だけば、他の哺乳類の骨と違うので偽物が少なかった。
だから高く流通した。
そんなからくりがあったのではと思う。
453.右腎は命門
中医学では、腎は左右にあり、右は命門で左は腎陰とされる。
命門は腎陽の意味に近い。
ただ、個人的にはこの学説が正しいのかよく分からない。
心臓は左にあり、肝臓は右にあるのは確かだし、腎が2つあるのも正しい。
しかし左右の腎臓の役割が違うとは思えない。
中医学的な腎は腎臓の意味だけではない。
骨、成長、性ホルモン、そんなものも含めて腎と言っている。
しかし、それを含めて考えても、腎の左右の違いがよくわからない。
右を命門としたのは、脈診と関係がある。
右の脈は上から、肺、脾、命門となり、気とか陽と関係が深い。
これに対して、左の脈は、上から心、肝、腎陰となり、血や陰との関係が深い。
これに当てはめて考えたのだろう。
しかし、実際の臨床で、右の脈が弱いから陽虚、気虚とか、左が弱いから陰虚、血虚とは言えない。
40年以上、脈診しているが、そんな気配は感じない。
452.耳は腎だけで良いのか?
中医学では耳は腎との関係が深く、耳に関する処方は腎とかかわるものが多い。
確かに、急性のものは除くと、耳の衰えは老化と関係している。
老化に関わるのは腎だから、耳と腎の関係は切っても切れない。
だからと言って、耳の衰えは腎だけでは無いだろう。
例えば、耳鳴り。
慢性的な耳鳴りは、老化にかかわるもので、直しにくい。
耳鳴りの原因として、腎の老化以外に、肝と脾がかかわるものがある。
脾がおとろえ脾の気が昇らない。
それにつけこんで、肝の気が濁気と一緒にのぼって、耳鳴りを起こす。
治療としては、肝の気を降ろす事と、健脾して脾気を昇らせる事だ。
勿論、一人一人の体質は違うので、使う処方も違うが、耳はすべて腎からと言う訳にもいかないと思う。
451.目は肝と腎で良いのか?
中医学では、目は肝との関係がもっとも深く、肝腎同源の理論から腎との関係も重視されている。
それで、目にかかわる漢方は肝や腎と関係するものが多い。
たしかにそれは否定はしない。
しかし、それにとらわれすぎていないだろうか?
目は血流は大切だが、水の流れも大切だ。
水の流れを調節しているのは肺、脾、腎だ。
特に目と脾の関係はもっと重視するべきだろう。
健脾利湿、益気昇陽などの方法が大切だ。
450.肝は右?左?
中医学では肝は左にあるとされている。
昔は内蔵の位置はあまりしっかりとは把握されていなかったので、肝は左と思われていた。
しかし、今は肝が右にあることは誰でも知っている。
では、何故訂正されないのだろうか?
中医学では内蔵の働きは重視するが位置はあまり重視しない。
左なら左で困る事は無いというのが1つ目。
もう一つは、脈診との関係だ。
脈診で左は、心、肝、腎陰を見る。
肝腎同源で、肝血と腎陰は深い関係がある。
そうするとこの3つは血との関係が深い。
だから脈診で左は血を診るとされている。
心臓が左にある事と関係していると思う。
脈診で右は肺、脾、腎陽(命門)だ。
こちらは気との関係が深い。
だから脈診で右は気を診るとされている。
脈診は二千年以上受け継がれているから、いまさら肝の脈を右にもって行くわけにはいかない。
では、脈はそのままにして、肝は右としたらどうだろうか?
体内の気の流れは右降左昇になっている。
陰陽のマークを見た事があると思うが、正しい位置は、白が右から下におり、黒が左から上に昇っている。
白は肺の気、黒は肝の気を代表していて、肺の気は右から下に向かい、肝の気は左から上に向かっている。
肝が右にあるとすると、肺は左になる。
そうすると右降左昇の理論がくずれてしまう。
肝が左にあるのはわかっているが、そのままにしておこうとなった。
そこで考え出されたのは、肝は右にあるが、その働きは左にあるという考えだ。
今はこの考えが採用されている。
つまり肝の位置は、右とも左とも言えないと言う事なのだ。
449.脾の実証
中医学では脾の実証はあまり出てこない。
しかし、実際にはかなり多く存在するのではないかと思う。
実証は2つあり、一つは機能亢進で、もう一つは邪実だ。
脾が機能亢進になると、食欲が出すぎて食べ過ぎる。
そうすると、体内に脂肪などが蓄積されていく。
これらの脂肪がどこに蓄積されるかというと、中医学的な定義はないが私は脾に蓄積されていくと思う。
脾は肌肉を司るとされている。
この肌は、中国語では筋肉の事だ。
そうすると肌肉というのは皮膚ではなく筋肉だ。
しかし、実際はもう少し範囲がひろく、皮下脂肪も含めて考えると思う。
脾虚になると痩せて筋肉が落ちる。
だから脾は肌肉と関係があるが、痩せて落ちるのは筋肉だけでない。
皮下脂肪も減っていく。
つまり肌肉とは、筋肉と皮下脂肪をあわせたものだと考えている。
余分な皮下脂肪は、痰湿が脾にたまった状態と考えて良いだろう。
脾の瘀血も存在すると思う。
糖尿病などの場合は血管障害がおきやすく、瘀血の傾向が強い。
これは脾の瘀血と考えて良いだろう。
これらの事から、脾の実証は存在するが、中医学では何故かあまり議論されていない。
もう少し脾の実証について検証する必要があると思う。
448.腎の実証
腎に実証は無いという説と、腎にも実証はあるという説がある。
どうしてそうなってしまったのだろうか?
実は実証にも2種類ある。
一つは機能亢進、もう一つは邪実だ。
機能更新としての実は、日本漢方に近い。
日本漢方は体力があるのを実証、無いのを虚証としている。
この考え方もよく解らない。
体力が無いのを虚証とするのはまだ良いが、体力があるのは問題ない。
とすれば、体力が無いのを虚証、体力があるのは正常とするのが良いのではないか。
話がそれたが、機能亢進としての実証は、あまり多くは無い。
主に問題になるのは心と肝だ。
この2つは化火しやすく、肝火と心火になりやすい。
これは機能亢進といえる。
肺の機能亢進は少ないがあるにはあると思う。
しかし、腎に亢進はあるのだろうか。
あま思い浮かばない。
これが腎に実証が無いという理由だ。
しかし、邪実という意味なら、腎にも汚れは貯まる。
特に腎の瘀血、腎の湿熱、腎の痰湿は十分考えられる。
腎不全などは活血薬で改善するし、酒大黄などでも改善する。
だから腎の瘀血や湿熱は確かに存在すると思う。
447.土克水って本当にあるの?
中医学の五行の理論は矛盾が沢山あり、全面的に肯定する事は出来ない。
もともとあった五行の理論に臓腑をあてはめたのだから、合わない部分もある。
一番、おかしい部分は土克水だ。
五行で考えれば、水や池を土で埋めれば水はなくなる。
埋立地のようなものだ。
しかし、これが人間の体にどう当てはまるのかよく分からない。
相克は、生理的にはある臓が強くなりすぎないよう他の臓が抑制してバランスをとっていると考える。
また病理的には、ある臓が強くなりすぎて、関連する特定の臓が弱くなってしまう。
逆にある臓が弱くなると抑えが聞かなくなり、ある臓が強くなりすぎる。
相克は、一つの臓ともう一つの臓が1対1に結びつけられている。
それで、脾と腎の関係を見てみよう。
脾は腎が強くなりすぎないように見張っている。
脾が弱ると腎への抑制が聞かず、腎が強くなりすぎて病気になる。
脾が強くなりすぎると、腎を押さえつけ、腎が弱る。
どれも、全く想像できない。
そもそも腎には実証は無いという人もいる。
腎が強くなりすぎて困るというのは考えにくい。
また、脾も強くなりすぎて困るというのはあまりない。
脾が強くなりすぎ、食べ過ぎで太って腎を弱くする...なるほど。
少しはありそうだが、太って困るのは心、肝が先ではないだろうか?
と言うわけで、明確な水克土は無いというのが私の考えだ。
勿論、むりくり考えればあるかも知れない。
しかし、それはとうてい科学的ではないし、哲学的でもない。
446.肺と免疫
免疫のは大きく分けて2種類あり、細胞性免疫と液性免疫だ。
細胞性免疫は、中医学の衛気とだいたい同じだ。
いろいろな害から体を守っている。
衛気は腎で作られ肺に運ばれ、全身に流れるとされている。
骨髄を腎に含めれは腎で作られるというのは正しい。
(個人的には骨髄は肝腎同源の理論から肝に含めたいが。)
中医学ではリンパの流れは肺と三焦が関係している。
なので、肺は関係している。
さて、細胞性免疫はこれでまあ良いとして、問題は液性免疫、抗体についてだ。
抗体の存在については中医学は殆どふれていない。
はしかのように一度かかれば、2度はかからない病気があるので、気づいてもよさそうだが、気が付かなかった。
発疹をおこす病気はいくつもあり、それぞれの明確な区別があいまいだったのだろう。
とにかく抗体というものは気が付かなかった。
抗体は体を守るだけでなく、時に体を傷つける事もある。
体を守るべき抗体が暴走して体を傷つける。
この考え方は中医学には取り入れられていない。
取り入れられていないなら、作ってしまえと、私が作った理論が「宿邪」の理論だ。
これについては、このホームページの最後の方にとりあげてあるので時間があれば目をとお押してみて欲しい。
さて、話を戻そう。
抗体は何処で作られるのか。
白血球は血液の一部なので、血の生成と同じだ。
問題はリンパ球の教育の部分。
胸腺は肺として、パイエル板は脾だろう。
そうすると、抗体は血と脾と肺が関係する事がわかる。
ただ、私はどうしてもそこに肝気の流れが関係しているように思う。
肝気の流れは自律神経に近い。
ストレスが免疫に深くかかわる事も知られている。
そうすると、やはり抗体と関係するのは、脾、肺、肝となる。
昔から皮膚は肺の一部とされ、アトピーやアレルギーは皮膚や粘膜に多く見られるので肺と免疫の関係は重視されて来た。
近年、自己免疫疾患が注目され、肺以外にも、肝、脾との関係が注目されて来ている。
アレルギー体質の改善には、解表剤だけでなく、疏肝理気薬や健脾消導薬も必要だ。
さらに炎症反応が強い場合は、清熱解毒薬もよく使われている。
445.血は何処で作られる?
血は骨髄で作られると言う事は、今の人はみな知っている。
ただ、中医学が生まれた古代の人はこの事は解らなかった。
それで中医学では血の生成は、以下のように考えていた。
食べたものは脾に運ばれ、そこで吸収した精微物質は肺に運ばれ、胸中の宋気とまざりあい赤く変化して血となり、心と肺の機能により全身に運ばれる。
そうすると、今の理論とあわない。
あわない場合は、潔く訂正した方が良い。
1つ目の考えは、骨は腎なので骨髄も腎の一部。
だから血は腎で作られる、とする考え方だ。
この考え方の問題としては腎と血の関係はあまり深くない。
肝腎同源という理論のもとに、腎血は肝血に置き換えられている。
腎血があったとしても肝血との区別は曖昧なので、まとめて肝血で良い。
肝血虚の本当の意味は肝腎血虚なのだ。
だから、骨は腎でも骨髄は肝とする方がすっきりする。
これが2つ目の考え方だ。
最終的には、血は脾で生成された精微物質が肝(骨髄)に運ばれ、血となり、心に運ばれる。
心から肺に移行して胸中の宋気(酸素)に出会い、心にもどって全身に運ばれる。
これが現代医学を加味した新しい中医の理論だ。
私は古典的な中医学の血の生成を否定はしない。
ただ、その中に肝と肝腎同源としての腎の働きが組み入れられていないのが不備だと思う。
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