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エピゲノムと補腎薬

はじめに


エピゲノムと補腎薬 そもそも、中医学の補腎とは何なのだろう?
勿論、中医学的な意味はわかっている。
しかし、それを西洋医学的に解釈するとどうなるのだろう?
中医学の理論を西洋医学的に解釈する事は無理があるし、私は好きではない。
なぜなら、中医学は弁証論治を主とした「個」の医学であり西洋医学はエビデンスに基づく「集団」の医学だからだ。
「中医学を科学したら、もはや中医学ではない。薬は中薬でも理論は西洋医学だ。」ずっとそう思ってたし、今でもそう思っている。
だが、やはり「何故」という説明に関しては、中医学の理論だけでは何とも心もとない。
「実際に効果があるんだから西洋医学的な説明などなくても、中医学の理論だけで十分だろう。」そう思って来た。
しかしそうは言っても、疑問は疑問として残る。「補腎薬とは一体何なのだろう。」
今回はあえて、一つの仮説を述べてみたい。
それは最近話題になっているエピゲノムとの関係だ。
エピゲノムは遺伝子の発現にかかわっている。
ちょっとそのあたりを説明してみたい。

補腎の働きは生命の根幹にかかわっている。
補腎の働きは命の働きだ。
 1.先天の精 2.成長 3.老化
補腎薬にもいくつかあるが、比較的カンタンなものもある。
例えば栄養価の高いもの、コラーゲンたっぷりのものなどがある。
栄養価の高いものとしてはタンパク質や特にミネラルが豊富なものだろう。
この場合は、薬としてだけでなく薬膳としての価値も高い。しかし、これだけなら単なるサプリだ。
では、これ以外にはどんなものがあるのだろうか?
次に考えられるものは、ホルモンに働きかける事だ。
もし脳下垂体を活性化させて、刺激ホルモンの分泌を良くする事ができれば少量でも大きな効果が出るはずだ。
成長ホルモンの分泌を良くすれば身長が伸びるだろう。
また脳内物質の分泌を良くする作用があるかも知れない。
セロトニン、ドーパミン、オキシトシンなど心の安定に必要なものを安定的に分泌する作用が考えられる。
補腎薬には、こうしたホルモンや細胞活性にかかわる物質の分泌を助ける作用があると思う。
そしてあと一つは遺伝子にかかわるものがあるのではないか?
これが今回のテーマである。
腎には先天の精がある。この先天の精は父母から受け継がれる。
この事は、西洋医学で言えば遺伝子だと思える。
遺伝子というと、それで成長のすべてが決まってしまうかのようだが、そうではない。
実は、遺伝子は設計図ではなくて単なる素材となるタンパク質の作り方なのだ。
どの材料をどこで、どのように使うかは書かれていない。
遺伝子が働くためには、遺伝子のスイッチを入れる必要がある。これが遺伝子発現だ。
分化された細胞は、例えば肝臓なら肝臓の細胞を作る。
それは、肝臓は肝臓以外の遺伝子情報が働かないように蓋をしてしまうからだ。
そうすると肝臓の細胞は、肝臓を構成するタンパク質のみ合成するようになる。
このしくみは、遺伝子がメチル化されて活性化しないようになっているのだ。
またDNAはヒストンという糸巻きにきつく巻き付いている。
この状態では、mRNAは遺伝子情報をコピーできない。緩みが必要なのだ。
遺伝子がアセチル化するとヒストンに緩みが生じる。
緩んだ部分があると、そこにmRNAが入り込んでその部分の遺伝子情報を読み込む。
このようにして、細胞は必要な遺伝子情報だけmRNAに取り込んでその情報をもとに、その場所で必要なタンパク質を作っていくのだ。
つまり、メチル化、アセチル化が素材集である遺伝子をどのように使うかを決めているのだ。(これ以外にもマイクロRNAなども関係している)
一旦、遺伝子がメチル化すると、分裂して作られた新しい細胞も自動的にメチル化される事が知られている。
だから、肝臓の細胞は何回分裂しても肝臓のままなのだ。
老化が進むと遺伝子のメチル化が進んでくる。
しかし、このメチル化は絶対的なものではなく、可逆的なもので、脱メチル化という現象もあるのだ。
補腎薬の役割は、遺伝子発現を正しく行うようにする事なのではないだろうか?
ガンなどの場合、ガン細胞をやっつける遺伝子が働きにくくなると考えられる。
この時、遺伝子の脱メチル化もしくはアセチル化によって、ヒストンにからんだ遺伝子に隙間をつくりmRNAが働きやすくするとガンの治療に役立つのでと思う。
遺伝子発現は「適材適所」と言う言葉が似合う。正しいタンパク質を正しい場所で作らせる、そういった働きはエピゲノムにある。
そしてそれを助けるのが補腎薬という訳だ。
勿論、老化は病気ではない。ゆっくりとした正しい老化は、人間にとっては好ましい。
補腎薬には、この正しい老化、つまり老化が間違った道に入らないように適度におこるようにする作用があるだろう。
先にも述べたが、遺伝子に設計図は無い。
卵子の最初の分割から、人間が死ぬまではドミノ倒しのように連鎖反応が起こっているのだ。
このドミノが最初の1枚から最後の1枚まで正しく倒れるようにするのが補腎薬の役割だと思う。

虐待など不適切な教育を受けた子供のオキシトシン遺伝子は、メチル化されている部分が多いという報告がある。
つまり、虐待などを受けると愛情ホルモンと言われるオキシトシンの分泌が減ってしまうのだ。
エピゲノムは環境や刺激の影響を受けるののだ。
つまりドミノ倒しは、必ずしも一定の方向に進むわけではない。
いくつも分岐点があるのだ。正しい分岐をする事が病気にならない秘訣なのだ。
中医学の切り札として弁証論治があげられる。
人間の遺伝子の違いもあるが、実は遺伝子の違いよりも、どの遺伝子を働かせるか、つまり遺伝子発現が病気にかかわっている。そしてそれはエピゲノムの世界なのだ。
ここで言い換えれば、エピゲノムを解析する事は弁証論治とほぼ同じなのだ。
分子生物学が進み、この部分はだんだんと解明されていくだろう。
どの遺伝子がどの部分で発現しているか。
正しく発現しているのか、などが分かれば様々な病気に応用出来る。
ただ、それが完全にわかったとしても、治療薬を見つける必要がある。
この治療薬は、もしかしたら漢方薬になるのではないか?そんな空想を持っている今日このごろです。





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